Otake Ima Nao Book いまなお原爆と向き合って

大竹幾久子著『いまなお原爆と向き合ってー原爆を落とせし国でー』
(株)本の泉社: 2015年8月6日発行 1540円
四六判並製・216ページ・ISBN 978-4-7807-1238-4

著者の大竹幾久子は広島原爆の被爆者で、現在アメリカに住んでいます。被爆当時5歳で被爆の記憶があいまいだったのですが、被爆後60年以上たってから母、雅子が広島弁で語った被爆体験を基にして、この本を書きました。

著者は、1945年8月6日、爆心地から1.7キロメートルの広島市西区打越町で原爆に遭い、負傷しました。その後、「原爆症」になり、その年の11月頃まで病床に臥していました。父は原爆で亡くなりました。

アメリカで修士号を取得、カリフォルニア州立大学などで日本語を教え、非常勤助教授として引退しました。現在は、カリフォルニア州に在住しています。

著者は被爆体験を書いた英語の本も出版しました。Masako'sStory: Surviving the Atomic Bombing of Hiroshima です。在米50年近くの著者自身が英語で書いたものです。英語版は Los Angeles Times やThe Japan Timesに書評が掲載されました。各国の大学図書館(ハーバード大学等)の蔵書になっています。

「どの人も この人も 見たこともない形相で
まあ これは 人間じゃろうか 思うたね
地獄絵よりもひどかった」

母が語る壮絶なヒロシマの原爆体験

それを書き取ったのは なんと 今では
「原爆を落とせし国」
アメリカの市民になった 娘

世界の人々が
原爆の残忍さを知ることこそが
核の抑止力になると
母が語り 娘が書き取ってできた この本

核兵器の廃絶を願って......

(本書「はじめに」より)今のうちに母から原爆のことを聞いておかないと後悔する。このままでは、私は、一生被爆体験が分からなくなる。気付くのが少し遅すぎたが、いまなら間に合う。

1991年の夏、アメリカから広島の実家に里帰りしていた私は、ついに意を決して、母に原爆の時の話を聞くことにした。その朝は、珍しく友人や親戚などの訪問客もなく、母と二人きりの静かな朝だった。勇気を出して、恐る恐る聞いてみた。

「ねぇ お母さん 原爆の時は、どうだったん?」
すると驚いたことに、母は嫌とは言わず、46年間の沈黙を破って、話し始めた........。

『いまなお原爆と向き合って』の第1章「母の証言」の部分は、巻末に Masako's Story から引用した英語相当文が載っています。

『いまなお原爆と向き合って』は中学、高校用の「全国学校図書館協議会選定図書」になっています。検索件名は、「原爆」「原子爆弾」「広島市」です。巻末の英語は「英語読本」としても選定されています。(2015年12月15日付の学校図書館速報版)